ライトノベル作家・日向夏さんが手がける人気ファンタジー小説『薬屋のひとりごと』。
後宮を舞台に、薬と毒の知識を持つ少女・猫猫(マオマオ)が数々の事件を解決していく本作は、巧みなミステリー要素と繊細な人間ドラマで多くの読者を惹きつけています。
2023年10月からはアニメ化もスタート。
物語の舞台は後宮。薬や毒に精通した少女・猫猫(マオマオ)が、その知識を駆使して次々と事件や謎を解き明かしていく――そんなミステリー要素に加え、宦官・壬氏(ジンシ)との関係や、宮中で繰り広げられる人間模様も大きな見どころとなっています。
この記事では、単行本最新刊までのあらすじをわかりやすく振り返りながら、徐々に明かされていく謎や、猫猫と壬氏の恋の進展についても詳しくご紹介していきます。
※この記事には物語の核心的なネタバレが含まれます。未読・未視聴の方はご注意ください。
目次
- 1 【後宮編】猫猫、毒味役として後宮に舞い戻る(原作小説 第1巻(ヒーロー文庫)・アニメ第1期1話〜12話)
- 2 【外廷勤務編】壬氏付き下女・猫猫の出生の秘密が明かされる(原作小説 第2巻(ヒーロー文庫)・アニメ第1期13話〜24話)
- 3 【再び後宮編】壬氏の“真の身分”がついに明かされる(原作小説 第3〜4巻(ヒーロー文庫)・アニメ第二期25話〜48話)
- 4 【西都編】壬氏の花嫁探しと、それぞれの想いの行方(原作小説(ヒーロー文庫)第5〜6巻)
- 5 【医局勤務編】猫猫、医官見習いとして再び宮廷へ(原作小説(ヒーロー文庫)第7〜9巻)
- 6 【再び西都へ】玉葉后の実家騒動と蝗害(こうがい)の乱(原作小説(ヒーロー文庫)第10〜12巻)
- 7 【久々の宮廷】馬閃らの恋の行方と、急展開する猫猫と壬氏(原作小説(ヒーロー文庫)第13〜14巻)
- 8 【宮廷医局に大事件】禁忌の帝手術と皇位継承問題、そして深まる猫猫と壬氏の絆(原作小説(ヒーロー文庫)第15〜16巻)
- 9 『薬屋のひとりごと』のその他小ネタ舞台、世界観など
- 10 まとめ
【後宮編】猫猫、毒味役として後宮に舞い戻る(原作小説 第1巻(ヒーロー文庫)・アニメ第1期1話〜12話)
花街から後宮へ――猫猫の新たな運命(アニメ1期、1話)
薬師見習いとして花街で日々を送っていた猫猫(マオマオ)は、人さらいによって後宮へと連れて来られてしまう。
帝の妃たちが暮らす後宮は、表向きは煌びやかだが、裏では権謀術数が渦巻く特殊な場所だった。目立たず契約期間を終えようとしていた猫猫だったが、その薬学知識と探究心が彼女を事件へと巻き込んでいく。
毒入り化粧品事件の解決(アニメ1期、1話)
後宮で玉葉妃(ギョクヨウヒ)と梨花妃(リファヒ)の赤子たちが体調不良に陥っているとの噂を聞いた猫猫は、化粧品に含まれる有害物質が原因だと特定する。玉葉妃の子を救ったことで、美貌の持ち主の宦官・壬氏(ジンシ)の目に留まり、猫猫は玉葉妃の専属侍女兼毒見係へと抜擢される。
この出来事が、二人の因縁の序章となった。
兵士中毒事件の推理(アニメ1期、2話)
壬氏が雑談として語った軍の遠征での食中毒について、猫猫は野営で燃やした樹木の毒性が原因だと分析。
村民の冤罪を晴らす手がかりを提供し、壬氏の関心をさらに惹きつける。
夜の舞姫の正体(アニメ1期、3話)
壬氏から惚れ薬の調合を依頼された後、後宮で奇妙な噂が広まる。
「夜な夜な踊る亡霊がいる」「女官が武官を誘惑した」などというものだ。真相は、芙蓉妃(フヨウヒ)が眠りながら舞を踊る夢遊病を装い、意中の武官と結ばれるために仕組んだものであった。
猫猫は花街での経験から真実を看破し、芙蓉妃は清純な身のまま下賜されて武官と結ばれることになる。
梨花妃の原因不明の病(アニメ1期、4話)
帝の御子を失ってから衰弱していた梨花妃の世話を命じられた猫猫は、回復しない理由が再度の化粧品中毒にあると発見する。
色炎の木札と暗号(アニメ1期、5話)
特殊な炎を上げる木片が発見され、猫猫は皮膚炎を起こした宦官を手当てする。
これが暗号に関わると考えた壬氏は、腕に火傷痕のある者を探し出す。やがて阿多妃の筆頭侍女・風明(フォンミン)がその人物だと明らかになる。
園遊会での騒動(アニメ1期、6話)
宴の席で玉葉妃の膳が入れ替えられ、猫猫が誤って毒を摂取してしまう。
これは里樹妃(リーシュヒ)の侍女による嫌がらせだったが、別に発生した里樹妃への毒殺未遂には風明が関与していた。
この時、猫猫は壬氏にそばかすが偽装だと見破られる。また、李白からは簪を受け取る。
花街への一時帰宅(アニメ1期、7・8話)
李白にもらった簪を利用して花街の実家へ戻った猫猫は、遊女と客による心中騒ぎに遭遇するが、実は女性による殺人企図だったと見抜く。
養父・羅門(ルォメン)の賢さも垣間見える。
宦官の謎の死(アニメ1期、9話)
過度な飲酒による死とされた宦官の検証を行った猫猫は、彼が味覚を失っていたことを突き止める。
偏食とストレスによる味覚障害で、同僚からの嫌がらせで多量の塩が入った酒を飲んだための事故死だった。
彼が担当していた祭具の部品紛失が、後の壬氏の儀式での事故の伏線となる。
阿多妃と風明の秘密(アニメ1期、10・11話)
壬氏の指示で阿多妃の居室を調査した猫猫は、養蜂家出身の風明が外部と通じていた証拠を掴む。
風明との対面で、猫猫は里樹妃毒殺未遂の背景を知る。かつて風明が阿多妃の御子に蜂蜜を与え、それが致命的な結果を招いたことを後悔していたのだ。
この事実を阿多妃に知られたくなかった風明は、口止めのため里樹妃を殺そうとした。
猫猫は風明に出頭を勧め、「阿多妃を守るための行動」として罪を整理する。阿多妃は真の死因を知らぬまま、風明は極刑に処される。
阿多妃の退出と壬氏の心情(アニメ1期、11話)
風明の事件後、阿多妃は罪を逃れたものの後宮を離れる。
猫猫は夜の散策で阿多妃と言葉を交わし、その後壬氏とも語り合う。壬氏と阿多妃が共に酒を酌み交わす場面は、どこか寂しさと親密さが漂っていた。
解雇と再会、そして身請け(アニメ1期、12話)
風明の処刑に伴い、関連する侍女たちが一斉に解雇される。
人身売買組織との繋がりも露見し、壬氏は猫猫を道具のように扱ったことを後悔して自ら解雇する。
しかし、高順が機転を利かせて猫猫の実家である緑青館への視察を提案。偶然にも猫猫もアルバイトで同席しており、二人は思いがけず再会する。
猫猫は「遊女になりたくなかったから、後宮に残りたかった」と本心を明かし、壬氏の「身請けしてやろうか」という申し出に「はい」と応じる。
後日、壬氏は高額の身請け金と「冬虫夏草」という珍しい生薬で猫猫を正式に引き取り、物語は新たな展開へと進む。
第1巻の見どころ
- 猫猫と壬氏の宿命的な邂逅
- 毒性化粧品をめぐる事件の数々
- 芙蓉妃の夜の舞の真相
- 阿多妃と風明の悲劇的な過去
- 壬氏の出生に関する暗示
- 猫猫の追放と身請けによる再結合
まとめ
第1巻は、猫猫と壬氏の関係性の始まりと、閉鎖空間である後宮で展開される様々な謀略を描いた序章である。
推理、医学、人間関係が複雑に絡み合い、異端な存在である猫猫が後宮の慣習を少しずつ変革していく――そうした作品の核心的魅力が詰まった巻となっている。
【外廷勤務編】壬氏付き下女・猫猫の出生の秘密が明かされる(原作小説 第2巻(ヒーロー文庫)・アニメ第1期13話〜24話)
身請けされ、外廷での新生活へ(アニメ1期、13話)
後宮を去った猫猫は、壬氏が支払った高額の身請け金によって再び宮中へと招かれる。
今回は壬氏の部屋付き下女として、後宮の外部にある”外廷”での仕事が始まる。
新天地でも、猫猫は持ち前の冷静な分析力と薬の知識を駆使して、宮中で発生する様々な難事件に巻き込まれていく。
連続する事件の背後にある糸(アニメ1期、14〜20話)
倉庫での小火、高位の官吏の毒物摂取、彫金職人の遺書をめぐる騒ぎ──。
一見バラバラに思えるこれらの事象は、実は全て一つの企みによって引き起こされていた。
猫猫はこれらの事件に隠された共通の「狙い」を察知し、祭祀が執り行われている場所へ独りで向かう。
そこで壬氏の危機を救い、事件の全容を暴く。だが、猫猫がそこへ辿り着けたのは偶然ではなかった。全ての事象を”布石”として配置し、猫猫を真相へと誘導していた人物──それが、壬氏の周囲をうろつく奇人軍略家・羅漢(ラカン)だったのである。
猫猫と羅漢──父と娘の邂逅(アニメ1期、22・23話)
羅漢は、軍における屈指の戦略家であり、同時に猫猫の生みの親である。
猫猫はこれまで彼を父として受け入れず、むしろ嫌悪していたが、事件の構図が明らかになるにつれ、自分が知らぬうちに父の手のひらで操られていたことを理解する。
それに気づいた猫猫は「せめて一矢報いてやろう」と心に決め、羅漢に対決を申し込む。
軍師相手という無謀な賭けではあったが、猫猫は見事に勝利を手にする。その賭けの代償として、羅漢は緑青館の遊女を一人身請けすることになる。その遊女こそが、猫猫の実母・鳳仙(フォンシェン)であった。
羅漢と鳳仙──哀しき過去(アニメ1期、23話)
第2巻では、羅漢と鳳仙の過去、つまり猫猫誕生の経緯が語られる。
二人は互いに愛し合っていたが、地位も財産もない羅漢には、鳳仙を正規に身請けする余力がなかった。
では何故、羅漢は身請けの見込みもないのに鳳仙と契りを結んだのか。その訳は、鳳仙に別の男性からの身請け話が舞い込んだからである。
遊女として”処女性”を失えば、身請け話は消滅する。すなわち、羅漢は鳳仙を他の男性から守るため、自ら関係を結んだのであった。
鳳仙もまた、その行為を承諾した。鳳仙は懐妊したが羅漢は外遊を命じられ、帰還できたのは3年後だった。緑青館を再訪した羅漢だったが、「鳳仙はもうここにはいない」と門前払いされてしまい、二人はそのまま会えずじまいとなった。
梅梅の想いと別のすれ違い(アニメ1期、24話)
緑青館の看板娘三人のうちの一人で、猫猫の姉分である妓女・梅梅(メイメイ)も、実のところ羅漢に心を寄せていた。
多情な白鈴とは対照的に、梅梅は感情を表情に出さない冷静な性格である。それゆえに、彼女の恋心はより深く、静かに燻るものだった。
「知れば苦しみ」という遊女たちの格言を誰よりも体得していた梅梅は、自らの想いを心の内に秘めたまま、結果として羅漢と鳳仙の再会を手助けすることになる。彼女がいなければ、二人が再び顔を合わせることすらなかっただろう。
父を”憎まない”娘(アニメ1期、24話)
羅漢は奇人ではあるが、悪人ではない。猫猫も「嫌いだが、恨んではいない」と述べており、父親としてではなく、一個人としての羅漢をどこかで受け止めている。羅漢の執念深い一途さは、壬氏にも共通するものがあり、猫猫の周囲に集う”特異な才能を持つ男たち”の共通項がここでわずかに浮かび上がる。
第2巻の見どころ
- 猫猫が後宮から外廷へと移る境目
- 倉庫火災・毒物事件・遺言騒動を通じた連続推理展開
- 猫猫と羅漢の初顔合わせ、そして父娘の葛藤
- 羅漢と鳳仙の哀切な過去と猫猫誕生の秘話
- 梅梅の隠された恋慕と、緑青館三姫の人間関係
まとめ
第2巻「外廷勤務編」では、猫猫が”後宮の事件解決者”から一歩外界へと踏み出し、より広範な宮廷社会と個人的な生い立ちに対峙することになる。
彼女の推察力と沈着さが宮廷の命運を動かす一方で、自身の血筋という回避できない「宿命の謎」にも踏み込む分岐点の巻である。この章を境に、『薬屋のひとりごと』は”後宮ミステリー”から”宮廷人間劇”へと本格的に発展していく。
【再び後宮編】壬氏の“真の身分”がついに明かされる(原作小説 第3〜4巻(ヒーロー文庫)・アニメ第二期25話〜48話)
猫猫の後宮復帰──玉葉妃の懐妊と新たな企み(アニメ2期、25話〜30話)
一度は後宮を離れた猫猫だったが、玉葉妃が身籠ったことを契機に、再度毒見係として後宮勤めを再開することになる。
その時期、隣国からの使節を歓迎するため大規模な交易団(キャラバン)が来訪。
妃たちの妊娠状況を探るような様子や、堕胎に用いられる香辛料・香油が多量に運び込まれるなど、後宮には穏やかならぬ雰囲気が漂っていた。
隣国の双子の使者は「祖父の世代に目にした”月の精”を再び拝したい」と要望した。対処に苦慮する中、猫猫の提言により壬氏が”月の精”に扮装することで事態を収拾する。
この「月の精」の場面は、壬氏の容姿が最も光り輝く記憶に残るエピソードであり、同時に猫猫が相変わらず彼を”宦官”としか認識していないことを示すものでもある。二人の関係がまだ男女の境界を越えて交差しないことを、象徴的に表現した名場面といえる。
避暑地での事件──壬氏の秘められた真実(アニメ2期、35話・36話)
避暑地での狩猟に随行した猫猫は、壬氏襲撃未遂の出来事に巻き込まれる。
逃走の途中、猫猫は偶然にも壬氏が”宦官ではない”という重大な真実を知ってしまう。
この巻では、猫猫が動揺しつつも皮肉を忘れず、壬氏の大事な部分に関して「そこそこの蛙」という発言をするのが特に記憶に残る。極限状態の中でも冷静さを保とうとする猫猫の気質が、よく現れている。
さらに壬氏が自身の秘密を告白しようとするが、猫猫は命の恩人として壬氏に強請っていた牛黄をもらい、興奮して話を聞いてくれず伝わらなかった様子。
翠苓と子翠──後宮に潜伏する真実と悲劇(アニメ2期、38話〜47話)
後宮では、里樹妃の怪異騒ぎや翡翠宮での異常事態など、複数の出来事が起きていた。
猫猫はそれらが全て一つの陰謀として結びついていることに気づく。
やがてその黒幕にいたのは、姿を消していた女官・翠苓(スイレイ)と、猫猫の知り合いである女官・子翠(シスイ)であった。驚くべきことに、子翠こそが阿多妃の後任として後宮入りした楼蘭妃(ロウランヒ)であり、翠苓と子翠には血縁関係があった。
猫猫が拉致されるという衝撃的な展開の中、壬氏は宦官という立場を放棄し、皇弟としての権威をもって彼女の救助に赴く。
激闘の末、猫猫は救出されるが、壬氏の頬には深い傷痕が刻まれる。翠苓と子翠の悲劇は、親の罪業に振り回される子の宿命を描いたものであり、シリーズの中でも特に重厚で、哀切なエピソードとなっている。
壬氏と猫猫、変化しない距離(アニメ2期、48話)
壬氏の真の姿を知っても、猫猫の振る舞いは全く変わらない。
むしろ「以前よりも男前になった」と言い放つなど、どこまでもマイペース。
一方で壬氏は、猫猫を特別な人物として強く意識し始めており、その感情は次第に抑制できないものへと変質していく。
それでも二人の間には身分格差という障壁があり、まだ恋愛関係には程遠い。ただし、壬氏が猫猫のために”本来の自分”を明かしたことで、物語は新たな局面に突入する。
第3〜4巻の見どころ
- 猫猫が後宮に帰還し、玉葉妃の懐妊とともに再び謎解きに挑む
- 壬氏の「月の精」登場場面と、二人のすれ違い
- 避暑地での襲撃未遂と、壬氏の正体発覚
- 翠苓・子翠(楼蘭妃)の悲劇的な事実
- 猫猫を救うため、皇弟として行動する壬氏
まとめ
第3〜4巻では、これまで謎に覆われていた壬氏の正体がついに露わになり、猫猫との関係が大きく動き始める。
後宮を取り巻く陰謀と、登場人物たちの複雑な感情が絡み合うこの章は、『薬屋のひとりごと』という作品の中核を形成する重要な転換点となっている。
ネタバレ注意!これより「西都編」となります
【西都編】壬氏の花嫁探しと、それぞれの想いの行方(原作小説(ヒーロー文庫)第5〜6巻)
新たな幕開け──玉葉后の出産と猫猫の帰郷
順調に皇子・東宮が誕生し、玉葉妃は正式に「玉葉后」の地位を得た。壬氏は皇弟として公務に関わるようになり、後宮と宮中は新体制へと移行する。一方、羅漢との関係が明るみに出たため、猫猫は後宮を去り、再度花街の薬師としての日々に戻っていた。
後宮の外に身を置いても、猫猫の身辺には次から次へと事件が舞い込む。毒入り菓子の一件や製紙村の権利問題など、どこに行っても面倒事から解放されない”災難体質”ぶりは相変わらず。どんな状況下でも冷静沈着に対応していく猫猫の姿勢が、このシリーズの大きな見所となっている。
西都への旅──花嫁選定の裏側
やがて壬氏は、玉葉后の生まれ故郷である西都で執り行われる婚礼の儀式へ向かうことになる。
表向きは”皇弟の配偶者選び”であり、猫猫も「羅」の家系の娘という名義で随行を命じられる。
旅の途中では阿多妃と里樹妃の姿もあり、猫猫は相変わらず厄介な立ち位置に置かれていく。
西都に到着した一行を迎えたのは、華麗な饗宴と同時に、数多くの不穏な出来事だった。
宴の途中、里樹妃は実の姉の計略により余興の獅子舞に襲われかけ、さらに帝以外の男性へ恋文を送ったという冤罪を着せられ、塔に監禁されてしまう。
塔で遭遇した白娘々に翻弄され、混乱した里樹は自ら塔から飛び降りようとするが、危機一髪のところで馬閃(バセン)が救出。彼の勇敢さと行動力が、惨劇を回避させた。
一連の騒動を経て、馬閃と里樹の間には淡い想いが芽生える。しかし、彼女の身分を考えれば容易に結ばれることはなく、二人の関係はまだ”予兆”の段階に留まっている。
壬氏と猫猫の関係が膠着する中、彼らの静かな絆が物語の別の軸として描かれることになった。
壬氏と猫猫──すれ違いと微妙な距離感
西都での滞在期間中、壬氏はついに猫猫に想いを伝え、求婚にまで至る。
しかし、猫猫はいつも通り感情を顔に出さず、壬氏の言葉を軽く受け流してしまう。
壬氏が彼女の首筋を押さえつけるようにして口づけを交わす場面では、緊迫感と情熱が入り混じるが、最終的に猫猫の花街仕込みの機転によって形勢逆転。
二人の関係は依然として進展と後退を繰り返すままだ。
また、今回のエピソードでは、壬氏が猫猫の”くすぐりに弱い”という予想外の弱点を突く場面も登場する。
どこか官能的でもコミカルなその描写は、シリアスな展開の合間に挿入された絶妙なアクセントとなっている。
壬氏の想いは日々増していく一方で、猫猫はあくまで冷静。恋愛という概念そのものに疎い彼女にとって、壬氏の情熱はまだ実感の伴わない遠いもののように映る。
阿多妃と壬氏の”出生の鍵”
この西都編では、阿多妃の存在も大きな意味を持つ。これまで彼女は常に傍観してきたが、今回は壬氏の出生に関する伏線を示唆するような描写が散りばめられている。
壬氏が自らの生まれにどう向き合うかによって、今後の猫猫との関係にも変化が生じる可能性がある。
作者の日向夏氏は、壬氏の血筋に関する謎を物語の随所で少しずつ明かしてきたが、本格的な核心が語られるのはまだ先のようだ。猫猫自身も、その真実にはあえて深入りしない姿勢を取っており、読者に”次の波乱”を予感させる展開となっている。
第5〜6巻の見どころ
- 玉葉后の出産により、新体制が確立する
- 猫猫が後宮を離れ、再度花街の薬師として活動
- 西都での皇弟・壬氏の配偶者選び
- 里樹妃をめぐる陰謀と馬閃の救出劇
- 壬氏の求婚、そして交わらない二人の想い
- 阿多妃の意味深な描写と、壬氏の出生にまつわる伏線
まとめ
恋と政治が交差する、西都編の魅力
第5〜6巻「西都編」は、これまでの後宮中心の物語から一転し、舞台が外の世界へと拡大することで、作品全体のスケールが大きく変容する巻となっている。
壬氏と猫猫の関係が大きく動く一方で、馬閃と里樹妃という新たな”対のカップル”が誕生し、群像劇としての深みも増した。
壬氏の想いはますます募り、猫猫は相変わらずマイペース。このすれ違いこそが、『薬屋のひとりごと』の最大の魅力であり、次巻以降、二人がどう向き合っていくのかに注目が集まる。
【医局勤務編】猫猫、医官見習いとして再び宮廷へ(原作小説(ヒーロー文庫)第7〜9巻)
新たな試験と、再開される宮廷での生活
西都から帰還した猫猫は、壬氏や羅門らの推挙により、宮中の医官付き官女を選出する「官女試験」を受けることになる。
半ば強制的に臨む形となった試験だったが、見事合格し、同じく合格者である姚(ヤオ)や燕燕(エンエン)とともに再度宮中へと戻る。
医官見習いとして働き始めた猫猫は、後宮に帰還していた養父・羅門の下で医術を習得しつつ、砂欧(シャオウ)から逃れてきた特使・愛凜(アイリーン)への対応にも奔走する。やがて「砂欧の巫女」騒動が発生し、毒物と政治が絡み合う複雑な事件を解決へと導いていく。
壬氏の唐突なプロポーズ
そんな中、壬氏は猫猫に唐突な言葉を投げかける。
「猫猫! よく聞いておけ。俺はおまえを妻にする」この一言が、読者にも衝撃を与えた。
しかし猫猫は、あくまで冷静。彼の本心を推し量りかねながらも、特に態度を変えることはなかった。
壬氏自身も、皇位継承の資格を持ちながら帝に”見放されていない”現実を理解しており、彼女との婚姻が容易でないことも承知の上。それでも「必ず納得させる」と言い切る姿には、皇族としての覚悟と焦燥が見え隠れしていた。
とはいえ、プロポーズ後も2人の関係に大きな変化はなく、壬氏が一方的に空回りする構図は健在。
立場では圧倒的に上位でありながら、猫猫にだけは太刀打ちできない壬氏の姿が、この作品ならではの滑稽さと愛おしさを生み出している。
碁の流行と”焼印”の衝撃
時を同じくして、宮中では羅漢が著した碁の教本が大流行。
壬氏はこの流行を利用し、猫猫との結婚を認めさせるため、羅漢本人と碁の対局に臨む。
その結果、彼は”皇弟としての特権”を賭ける決意を固め、主上(帝)と玉葉后の前で自らの腹部に焼印を押すという、衝撃的な行動に出る。
その焼印には、「自分は決して帝の敵とならず、皇位を望まぬ」という絶対的な忠誠の意思が込められていた。
この”焼印”の一件は、壬氏の覚悟を示すと同時に、猫猫との関係における転機でもあり、シリーズ屈指の名場面として知られている。
医術を志す猫猫の決意
壬氏の行動を知った猫猫は、彼の火傷痕を誰にも知られぬよう治療するため、羅門に外科医術の指導を請う。
羅門から禁忌の書「華侘の書」の存在を知らされ、外科医術を学ぶ覚悟を問われた猫猫は、解剖を通じて本格的に人体の構造を学び始める。
これは猫猫にとって、薬師としての在り方を超え”医師”としての第一歩を踏み出す大きな転換点でもあった。
一方、壬氏は西都への長期派遣が決定し、猫猫も彼の治療のため同行を余儀なくされる。再び物語の舞台は西都へ――
9巻で見せた猫猫の変化と”初めての一歩”
壬氏の暴走にも等しい焼印事件のあと、猫猫はついに彼の身分と帝との関係を確信することになる。
それでも彼女は、貴人の事情に深入りしないという信条を崩さず、ただ”今、自分にできること”を冷静に選ぶようになる。
表向きは淡々と、しかし心の奥では確実に壬氏への感情が動き始めていた。壬氏の傷を癒やすために彼のもとへ通う日々の中、猫猫のなかで芽生えたのは「放っておけない」という、これまでになかった思いだった。
そしてついに訪れる、シリーズ初の”猫猫からの愛情表現”――。本気のビンタのあとに頬へ口づけをする――という行動は、まさに”アメとムチ”な演出で描かれるその瞬間は、長いすれ違いを経てようやく交わされた、2人の関係の象徴的な場面となった。
第7〜9巻の見どころ
- 猫猫、医官付き官女の試験に合格し、再度宮中へ
- 壬氏の唐突なプロポーズと変わらぬ関係性
- 宮中で巻き起こる碁の流行と壬氏、羅漢の対局
- 壬氏、帝と后の前で自らに焼印を押す衝撃の行動
- 猫猫、外科医術の修行を開始し”医師”の道へ
- 壬氏と猫猫、秘密を共有する中で生まれる新たな絆
- 猫猫からの”初めてのキス”で締めくくられる第9巻
まとめ
愛と覚悟が交差する「医局勤務編」。第7〜9巻は、猫猫が「薬師」から「医官見習い」へと立場を変え、知識と人間関係の両面で成長していく重要な章。同時に、壬氏の想いが最も強く、最も危うい形で表面化する巻でもある。
恋愛の進展はゆっくりながら、2人が互いの心を確実に意識し始めたことで、物語は新たな段階へと踏み出した。
“愛とは支配ではなく、寄り添う覚悟”――それを描いた医局勤務編は、『薬屋のひとりごと』という作品において、最も人間らしい感情が溢れる章といえるだろう。
【再び西都へ】玉葉后の実家騒動と蝗害(こうがい)の乱(原作小説(ヒーロー文庫)第10〜12巻)
再訪する西都、そして新たな混乱の幕開け
壬氏の配慮により、西都へと再度向かうことになった猫猫。壬氏の脇腹に残る焼印痕を隠しながら、医官付き官女としての職務を続けていたが、西都ではすぐに新たな問題が発生する。
戌西州(イセイシュウ)一帯を襲う大規模な蝗害──大量発生したバッタによって作物は壊滅し、農民たちは食糧不足と飢饉に苦しむ。
壬氏は中央との連携を取り、物資支援の手配を行うものの、その功績は西都領主代行・玉鶯(ギョクオウ)の手柄として処理されてしまう。
玉葉后の兄である玉鶯は、名誉を独占しつつも領民への対応を怠る人物だった。壬氏はそんな彼に利用されながらも、淡々と政務をこなしていく。
混迷の西都と猫猫の奔走
壬氏の地位が軽視されるなか、猫猫は医療活動を通して蝗害後の農村へ赴くことに。
同行した羅半兄(ラハンあに)との任務中には、次々と奇病や毒物の事件に遭遇する。
一方、西都では壬氏の乳兄弟である馬閃と、元上級妃・里樹の関係にも変化が生まれ、戦乱の兆しとともに人々の思惑が複雑に絡み合っていく。
また、優男の陸孫(リクソン)は常に冷静な態度を崩さず、混乱の中でも異様な落ち着きを見せる人物として描かれる。
彼の正体や過去は当初不明だったが、後にこの男こそ物語の鍵を握る存在の一人であることが明らかとなる。
玉鶯の最期と陸孫の真実(第11巻)
玉鶯の圧政が続く西都で、事態はついに破綻する。
玉鶯が暗殺され、西都の権力構造が一変。中心人物となったのは、猫猫にも求婚した男・陸孫だった。
陸孫は長年、玉鶯のもとで「従順な優等生」を演じてきたが、内心ではすべてを見透かし、自らの立場と出自を冷静に分析していた。人を支配する者と支配される者、その間に生きる彼の複雑な心理が、11巻では深く掘り下げられる。
玉鶯の死は陸孫にとって復讐の終わりではなく、彼自身の新たな人生の始まりでもあった。
一方、猫猫は壬氏を気遣いながらも、陸孫の行動や彼にまつわる家族の因縁を目の当たりにし、”報われない男”に惹かれやすい自分の性質を自覚していく。
また、羅漢の縁者・羅半、羅半兄、そして謎多き女・雀(チュエ)らも登場し、舞台はますます混沌を極めていった。
玉家の崩壊と雀の真実(第12巻)
玉鶯の死後、西都の政治は空白状態となり、不本意ながら代わりに壬氏がその一切を取り仕切ることに。
猫猫は疲弊する壬氏を支えながら、怪我人や病人の治療に奔走する。
だが、玉家の後継者問題が勃発し、猫猫も再び家督争いに巻き込まれていく。この西都混乱の中で、ついに長らく謎に包まれていた雀の正体が明らかになる。
常に明るく天真爛漫に振る舞っていた彼女だが、実は壮絶な過去を抱えた女性であり、猫猫にとっては”もう一人の自分”ともいえる存在だった。親や生まれに恵まれず、己の生存力のみで生き延びてきた雀。その姿は、育ての親や周囲の支えがあった猫猫とは対照的でありながらも、深い共感を呼ぶ。
猫猫と壬氏、心の距離の変化
西都の騒乱の中、壬氏と猫猫の関係も少しずつ変化を見せる。政務に疲弊する壬氏のそばで、猫猫は淡々と支え続ける。その献身は、もはや職務上のものではなく、個人的な情の表れだった。
壬氏が眠る傍らで、そっと頬にキスを落とす猫猫。これまで冷静沈着で感情を表に出さなかった彼女の初めての”自発的な愛情表現”は、長きにわたり交錯してきた2人の心がようやく一つの温度を帯びた瞬間でもある。
一方の壬氏も、彼女の存在を”安らぎ”と感じるようになっていた。猫猫のいう”ぬるま湯のような温度”――それは激情ではなく、寄り添うような愛のかたちである。
互いに不器用でありながらも、確実に絆を深めていく2人の姿は、この西都編で最も印象的な要素といえるだろう。
第10〜12巻の見どころ
- 壬氏・猫猫、西都へ再度同行
- 西都を襲う大蝗害と飢饉対策
- 玉葉后の実家「玉一族」の家督争い
- 陸孫の過去と、玉鶯との確執の決着
- 羅家や馬家の親族が入り乱れる群像劇
- 謎多き雀の正体と壮絶な過去の解明
- 猫猫と壬氏、静かに進む恋の転換点
まとめ
混乱の地・西都が照らす”生”と”覚悟”
第10〜12巻は、政治・家族・愛情のすべてが交錯する濃密な章であり、物語全体の骨格をさらに深めた部分でもある。
玉家や馬家、羅家といった有力一族の確執が描かれる一方、猫猫と壬氏の関係は「安らぎ」と「覚悟」を軸に新たな段階へ進む。
蝗害という現実的な災厄を背景に、人が何を信じ、誰を支え、どう生き延びるのか――。その問いに対する答えを探す物語が、この【再び西都へ編】である。
【久々の宮廷】馬閃らの恋の行方と、急展開する猫猫と壬氏(原作小説(ヒーロー文庫)第13〜14巻)
1年ぶりの中央帰還、再び騒がしい日常へ
西都での騒乱を経て、猫猫と壬氏は約1年ぶりに宮廷のある中央へと帰還する。
平穏な日々を取り戻すかと思いきや、羅漢の部屋で発生した変死事件に巻き込まれるなど、初日から波乱の幕開け。
さらに「名持ち」と呼ばれる有力一族──卯・辰・巳などの間での会合が開かれ、皇族に連なる複雑な人間関係が明らかになっていく。その一方で、元上級妃・里樹と馬閃の恋模様や、燕燕に想いを寄せる羅半兄など、周囲の恋愛事情も賑やかに動き出す。
「月の君」の正体、ついに明かされる(第13巻)
13巻の最大の転換点は、ついに壬氏の正体──”月の君”であり、阿多と皇帝の間に生まれた実子であること──が明確に描かれた点にある。
これまで暗示的に語られてきた真実が、ここで初めて猫猫の前にも明示され、彼女は「皇弟の側仕え」ではなく「月の君に仕える者」としての立場を自覚していくことになる。
一方、壬氏に仕えていた雀が阿多にゆかりの者であることも明らかとなり、物語は帝位継承や皇族の血脈という重厚なテーマへと踏み込んでいく。
webなろう版でも話題の「夜の訪問」──すれ違う想い
読者の間で大きな反響を呼んだのが、いわゆる”夜の訪問”のエピソード。壬氏の屋敷に呼ばれた猫猫は、周囲の取り計らいもあって壬氏の寝室に通される。
これまで壬氏への想いを曖昧にしてきた猫猫だったが、今回は自らの意志で彼に会いに行く姿勢を見せた。壬氏もまた、猫猫の来訪に緊張と期待を隠せない。
しかし猫猫は、妊娠を防ぐための薬草を用意しており、冷静に”子を授からぬよう”万全の準備を整えていた。それは、壬氏の想いを拒絶するのではなく、彼の立場を守るための「覚悟の証」。
もし子を宿せば、すでに東宮を持つ玉葉后と敵対しかねない──猫猫はその未来を避けるため、あえて線を引いたのだった。この一件を通じて、壬氏は自らの立場を深く見つめ直すことになる。
「皇族であること」を捨てる覚悟さえ固め、猫猫をただ一人の女性として見つめ始めるのだった。
外廷の医務室勤務、ふたたび謎解きの舞台へ(第14巻)
中央に戻った猫猫は外廷の医務室に配属され、医官たちの補助として勤務を開始する。しかし宮廷内では若い武官たちの派閥争いが激化し、傷害沙汰が相次ぐ混乱が起きていた。
そんな中、姚に頼まれて「名持ち」の一族の会合に参加することになった猫猫。辰の家宝「翡翠牌」の盗難未遂事件をきっかけに、「華侘の書」との関係、医術にまつわる新たな謎が浮かび上がる。
猫猫の鋭い推理と観察力が再び冴えわたる一幕であり、初期の”謎解き薬師”としての雰囲気が復活したと好評の巻となっている。
女華と緑青館、交錯する過去と現在
猫猫が育った花街・緑青館でも事件が発生。三姫の一人である女華(ジョカ)の持つ翡翠牌が盗まれる寸前に防がれるが、その背後には皇族の血を引く者たちの影がちらつく。
この事件を通じて、同僚である天祐(ティンユウ)の家系や「華侘の書」にまつわる意外な繋がりが明らかとなり、物語は再び医術と血筋のミステリー要素を濃くしていく。
壬氏と猫猫、静かに進む心の距離
“夜の訪問”以降、壬氏と猫猫の関係は微妙な空気を漂わせる。互いに想い合いながらも、立場と責任がその距離を保たせているのだ。
壬氏は、猫猫に対して「癒し」を求めながらも「救い」を望まない。対等であろうとする彼の姿勢は、彼自身の不器用な優しさの表れであり、猫猫にとってもそれが”安らぎ”となっていた。
一方の猫猫は、壬氏への感情を理性で制御しながらも、心の底では彼に寄り添いたいという思いを抱くようになる。恋愛というよりは”共に在る覚悟”──それが2人の関係を形づくる新たな段階へと導いていく。
第13〜14巻の見どころ
- 壬氏の正体「月の君」、ついに明らかに
- 猫猫、壬氏との”夜の訪問”で見せる覚悟
- 「名持ち」一族の会合と翡翠牌事件の謎解き
- 緑青館の三姫・女華、翡翠牌をめぐる騒動
- 天祐と「華侘の書」の意外な関係性
- 里樹と馬閃、燕燕と羅半兄らの恋模様
- 壬氏、皇族としての立場を捨てる決意を固める
まとめ
愛と理性のはざまで揺れる二人。
第13〜14巻は、猫猫と壬氏の関係が大きく動く転換期であると同時に、物語全体が再び”宮廷ミステリー”の原点に立ち返る章でもある。
権力と身分に翻弄されながらも、自らの意思で選択を下す猫猫の姿は、薬師としての知恵と一人の女性としての誇りを兼ね備えた成長の証。
壬氏は「皇族であること」と「愛すること」の狭間で苦悩し、猫猫は「対等であること」を貫こうとする。その関係性は、甘さよりも静かな尊厳に満ちており、『薬屋のひとりごと』という作品が持つ深みをさらに際立たせている。
【宮廷医局に大事件】禁忌の帝手術と皇位継承問題、そして深まる猫猫と壬氏の絆(原作小説(ヒーロー文庫)第15〜16巻)
宮廷を揺るがす極秘医療計画──伏せられた「投薬実験」の真実
中央へ戻った猫猫は、宮廷医局で行われる「特定症例に対する投薬実験」に抜擢される。参加者には医官・天祐も名を連ねていたが、実験の目的は明かされない。
同時期に、古医書「華侘の書」の復元と外科手術チームの準備が進められており、猫猫は次第に不穏な気配を察知する。やがてその目的が明らかになる。
手術の対象は――宮廷の最高位に君臨する現帝。帝の命に関わる病が進行しており、投薬では限界に達していた。禁忌とされてきた「開腹手術」という最終手段に踏み切ることが決まる。
この決断は、宮廷に緊迫した空気をもたらした。もし手術に失敗すれば、医局の関係者は全員処刑。さらに帝位継承をめぐる政治的混乱が避けられない状況となる。
壬氏、帝の血筋としての決断
帝からの召喚を受け、壬氏と猫猫は離宮を訪れる。そこには、かつての帝の寵姫であり壬氏の実母でもある阿多の姿があった。猫猫は、ついに帝が壬氏の出生を公表するのではないかと緊張を隠せない。
しかし、帝が告げたのは別の言葉だった。「もしもの際には、そなたが帝位を継ぐ覚悟はあるか」
壬氏にとって、それは己の立場と存在意義を問われる一言。彼はその提案を即答せず、深く胸に刻む。
一方で阿多は、過去に果たせなかった想いと、今なお続く罪の意識を抱えて涙を流す。
壬氏と猫猫の関係性は、帝と阿多の関係を写す鏡のようでもあり、「過去と現在」「親と子」の対比として描かれているのが印象的だ。
「帝にならないでほしい」──猫猫の本音
物語の中で最も印象深い一幕が、猫猫が壬氏に向けて放ったこの言葉である。「帝にならないでほしい」
この一言には、猫猫の理性と感情が同居している。彼女は壬氏の立場を理解したうえで、それが”自由を奪うこと”であると気づいている。だからこそ、愛する人に「名誉よりも生を」と願う。
不敬と受け取られてもおかしくないその言葉に、猫猫らしい誠実さがにじむ。壬氏もまた、猫猫の言葉の真意を正確に理解している。互いに多くを語らずとも、視線と沈黙で心を交わす二人。その関係性は、恋愛を超えた信頼と尊重の関係へと深化していく。
壬氏×猫猫、もはや熟年夫婦のような穏やかさ(第16巻)
帝の容態が安定し、宮廷に一時の静けさが戻ったのちも、猫猫と壬氏の距離は依然として微妙な均衡を保っている。第16巻では、そんな2人の関係がより静かで深いものとして描かれている。
猫猫は壬氏に向けてこう口にする。「私にも補充が必要なようです」「平民にでもなりませんか?」
あまりに唐突で、しかしどこか本気を帯びたこの言葉。それは、彼女がようやく壬氏に対して”対等に寄り添う覚悟”を固めた証でもある。
壬氏は驚きながらも、軽率に浮かれることはなく、静かに見守る。これまでの壬氏なら感情を抑えきれず、猫猫を困らせるような言葉を重ねていただろう。だが今の彼は、猫猫の様子を観察し、必要以上に踏み込まない。
互いを尊重しながら信頼を積み重ねる二人の姿は、まさに”長年連れ添った夫婦”のような安定感に満ちている。
克用(コクヨウ)と彭侯(ほうこう)──人の「善悪」を映す鏡
第16巻では、克用という人物が物語の裏テーマを象徴する存在として登場する。彼は「やられたことをそのまま返す」性質を持ち、猫猫は彼を「木霊のような人」と評する。
悪意がないがゆえに反省もなく、結果として他者を傷つける――その危うさを、猫猫は静かに見抜いていた。「克用の周りに善人だけが集まることを祈っとく」
その一言には、猫猫らしい冷静さと、他人を正そうとしない現実主義があらわれている。同時に、他人を突き放すことができない優しさも滲む。この対比が、猫猫という人物の奥深さを際立たせている。
壬氏の変化──理性と優しさの成熟
壬氏の変化も第16巻で明確に描かれている。かつての彼は激情的で、猫猫への感情を隠せず空回りすることも多かった。だが今の壬氏は、猫猫の気持ちを優先し、余計な言葉を飲み込む。
その姿は、過去に雀から受けた忠告を思い出させるようでもあり、「観察し、待つ」ことの大切さを学んだ結果でもある。猫猫もまた、それを理解しているからこそ、自然に心を許せるようになっている。
第15〜16巻の見どころ
- 医局の投薬実験と「華侘の書」復元計画
- 禁忌の帝手術と皇位継承をめぐる危機
- 壬氏の出生と帝からの継承要請
- 阿多と現帝、壬氏と猫猫の”鏡写しの関係”
- 猫猫の「帝にならないでほしい」発言
- 「補充」「平民にでもなりませんか」など猫猫の本音
- 克用の登場と”人の善悪”のテーマ
- 成熟し、言葉より行動で寄り添う壬氏
まとめ
理性と愛情、静かな絆の到達点。
第15〜16巻は、『薬屋のひとりごと』における”転換期”であり、医学・政治・愛情――あらゆる要素が交錯する重厚な章である。
命を救うために禁忌を犯す者たち、愛する人を守るために立場を捨てようとする者、そして言葉なくとも通じ合う二人の心。それぞれの選択が、帝都の未来と人の生き方を映し出している。
壬氏と猫猫の関係は、激情や恋慕を超え、もはや”静かな信頼”そのものとなった。この静けさの奥に、確かな愛情と生きる意志が息づいている。
『薬屋のひとりごと』のその他小ネタ舞台、世界観など
舞台モデルは中国・唐代
『薬屋のひとりごと』の舞台モデルは、中国・唐代(618~907年)頃。衣装や花街の雰囲気は楊貴妃の時代を参考にしており、華やかで幻想的な世界観が特徴です。
ヒロイン・猫猫の育った花街「緑青館」も豪奢に描かれており、厳密な史実よりも”美しく異国的な雰囲気”を優先した構成になっています。
興味深いのは、”傾国の美女”の設定をヒロインではなく壬氏に重ねている点。「国は傾けても、猫猫の心は傾けられない」という逆転構図が本作らしい魅力です。
架空の国「茘(リー)」とは
作中の舞台「茘」は架空の国で、身分階級が非常に明確。宦官、官吏、医官、庶民などの間には見えない壁があり、身分差が物語の大きな軸となっています。
ただし、制度面を見ると中国よりも朝鮮王朝に近いともいわれます。現皇帝の代で宦官制度や奴隷制度が廃止されている点もその特徴のひとつです。
キャラクター名が中国風の理由
登場人物の名前は中国風の漢字表記が多いですが、発音は日本語寄り。
作者・日向夏氏によると、「カタカナルビが雰囲気を壊すという意見もありますが、わかりやすさ重視で書いています」とのこと。あくまで日本のファンタジー作品として、世界観より”読みやすさ”を優先しているわけです。
猫猫の小指の秘密
猫猫の小指は幼少期に切り落とされた過去があり、切断したのは実母・鳳仙。当時、花街では「恋の誓い」や「恨みの証」として”小指切り”が流行していました。
猫猫の場合は赤子のころの出来事で、本人の意思ではなく行われたもの。
ただし、切られたのは指先の一部のみで、完全に失われたわけではないと考えられています。アニメや漫画で普通に小指が描かれているのはそのためです。つまり「再生した」のではなく、「第一関節程度まで切られた」状態だったという設定が自然です。
壬氏と猫猫は結ばれる?
二人は互いに想い合いながらも、身分差ゆえに関係は進展と停滞を繰り返しています。
壬氏の「妻にする」宣言(第7巻)以降も、公式には関係は変わらず。ただし内面では明確に惹かれ合っており、すでに”両想い”であることは描かれています。
結末としては、主に以下の3通りが考えられます。
- 皇帝と妃エンド:最も王道だが、二人にとっては不自由で現実的ではない。
- 皇弟と”羅の姫”として結ばれるエンド:もっとも現実的で妥協的な形。
- 壬氏が臣籍降下して平民として結ばれるエンド:壬氏の理想であり、二人にとって最も穏やかな未来。
壬氏が猫猫を好きになった理由
壬氏が猫猫に惹かれたのは、彼女の前でだけ”皇弟ではない自分”でいられるから。身分や礼儀に縛られず、率直に意見を言う猫猫に対し、次第に心を奪われていきます。猫猫のほうもまた、壬氏の前では唯一、素の自分でいられる存在として心を許しています。
まとめ
『薬屋のひとりごと』は、唐代中国をモチーフにした架空の国・茘を舞台に、医術・政治・恋愛が織り交ざる宮廷ファンタジー。
華やかな世界観の裏で、身分制度や権力の歪みを鋭く描きつつ、壬氏と猫猫という”理性と愛情で結ばれた二人”の関係が静かに深化していく物語です。













































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